法医学の社会的な意義はますます重要性を増しています。死因究明をめぐる国・政府の姿勢が大きく変化し、「なぜ亡くなったか」という疑問を疎かにしないように変わりつつあるからです。昨今では、児童虐待や高齢者虐待の被害者の検査や、単身者の孤独死などの社会問題に関しても、法医学者の役割が注目されています。こうした中、日本医科大学の法医学教室では次のような研究に取り組んでいます。
①異状死に関する統計調査方法に関する研究
事故、事件による死亡事例、孤独死例などの異状死を地域ごとに統計分析し、東京23区における男性孤独死の区ごとの発生率に有意な違いがあることを明らかにしました。背景には男性単身者の健康状態の格差問題があるのではないかと考えています。現在は異状死データを空間地理情報と紐付けして、異状死の空間疫学的な分析を実施しています。
②薬物の代謝物に関する研究
薬物使用の証明のほか、服用量・時間の推定など、臨床とは異なる視点で薬毒物分析を実施しています。また法医学分野のニーズに沿った新しい薬毒物分析法の開発を目指します。
③qNMRの法医学的応用に関する研究
従来有機化合物の分子構造解析に用いられることの多かったNMR(核磁気共鳴)分析装置を定量分析に用いる「qNMR法」を法医解剖試料に応用する研究です。日本医大には医学部内で利用できるNMR装置が磁気共鳴分析室に設置されており、NMRの専門家と密に連携して本研究を進めています。
qNMR法による分析風景
私自身は中学生のときに、図書館でたまたま見かけた専門書を手に取ったことが法医学を志すきっかけとなりました。読んでみたところ「医学=傷病の診療」というイメージとはまったく異なる医学分野ということに強く惹かれ、さらにある法医学者が執筆したエッセイ集を読んで「人間味のある仕事」と知り、法医学者の道を選びました。
法医学は解剖による死因究明がメインの仕事ですが、領域が大変広く、社会との接点も非常に多い学問です。好奇心が強く、あらゆることに関心を抱く方にとってはとても興味深い学問だと思います。また、死体解剖がメインの仕事とはいえ、それにかかわる様々な職種・立場の人と接することから、人間が好きな人が特に向いていると言えます。
多くの学生は臨床医になることを志望して本学の門を叩きますが、臨床医にとっても法医学の基本的な知識は必須です。法医学の授業では、臨床医にとって重要な法医学的事項の教育に務め、適切な死亡診断・死体検案のできる臨床医の育成を基本方針としています。また死因究明は「最後の医療」という観点から、故人や遺族に対して心を寄り添える法医実務ができるプロフェッショナリズムの涵養も目指しております。
臨床医であっても異状死体の検案では警察等から説明を求められることになります。その際は法医学的な視点での回答が必要です。従って臨床を志す皆さんにも「法医学は自分に関係ない」と思わずに学んでいただきたいと思います。
法医学の専門医は希少な存在で、現場での人手不足は深刻です。熱意のある誠実な人材に1人でも多く法医学の世界へ飛び込んできてもらいたいと切に願っています。
2007年 | 東京都監察医務院監察医 |
2009年 | 防衛医科大学校法医学講座助教 |
2015年 | 日本医科大学法医学教室講師 |
2017年 | 日本医科大学法医学教室准教授 |
2019年 | 日本医科大学大学院医学研究科 法医学分野大学院教授 |
日本法医学会
日本法医病理学会
日本医事法学会
日本疫学会
日本統計学会
2001年 | 日本医科大学 桜賞 |
2007年 | 計測自動制御学会 学術奨励賞研究奨励賞 |
2015年 | 埼玉県警本部長感謝状 |