現代の医療に不可欠である薬。学生の皆さんには薬理学の基礎を学ぶことで、個別の疾患の薬物療法を学ぶ際に役立ててほしいと願っています。学びを通じて、薬が持つ社会的意義の大きさを実感できることも魅力の一つです。
日本医科大学大学院医学研究科薬理学分野では、細胞から患者様までを一つのつながりで考える薬理学を目指しています。
特に力を入れているのが神経薬理です。例えばある薬物によって細胞間のシナプス伝達機能がどのように変化するかを電気生理学手法を用いて検討する、あるいはその薬物がモデル動物の行動や遺伝子発現にどのような影響を与えるかを評価しています。さらに患者様の血液などの検体を用いた検討や、最近では陽電子放出断層撮像(PET)や機能的磁気共鳴撮像(fMRI)等の脳機能画像を用いることで患者様の脳の中で実際に何が起きているのかも評価しています。このようにある一つの薬の作用をミクロからマクロまで網羅して探索する研究を行っていることが、当分野の大きな特徴です。
私自身はもともと精神科医でした。他の疾患と同様に精神科治療でも薬物療法は重要な位置を占める一方、メカニズムについては不明な点も多く、その使い方も経験によるところが大きいのが現状です。薬の効果についても患者様の訴えや質問紙などでの評価が中心となっています。そうした中で少しでも客観的な指標、いわゆるバイオマーカーを見出せないかと考えたことが、薬理学研究を始めたきっかけでした。以来、前述のPETを用いた研究に携わり、精神科治療薬の効果判定や副作用のリスク評価が画像で行える可能性が少しずつ広がってきたと思っています。脳を代表とする中枢神経系は組織や臓器を摘出するといったアプローチが取りにくく、生体を対象にできるこのような評価系は非常に強力なツールと言えるでしょう。
教育も分野としての重要な柱の一つです。医学部の学生が授業で薬理学を学ぶのは臨床講義を受ける前になります。その段階では実際の臨床現場をイメージするのは難しいかもしれません。しかし薬理学の基礎を知ることで、その後に個別の疾患の薬物療法を勉強する際に役立つような指導を心がけています。
日々進化を続ける薬物療法のすべてを網羅することは難しいですし、専門外の分野まで含めるとそれは現実的ではありません。だからこそ基礎をしっかりと押さえておくことが、確実かつ唯一の対処法だと考えています。
薬による治療は現在の医療では欠かせないのはもちろんのこと、その社会的な意義も考えなければなりません。人々の生活を豊かにする一方で、薬害やスポーツドーピング、ときには研究不正等の負の側面に密接に関わることもあります。薬は作って終わりではなく、どのように使うかが重要です。我々の目指すべきところは常に「患者様を助ける」ことであり、それを十分に意識しながら研究・教育に取り組んでいきたいと思います。
1999年 | 日本医科大学医学部 卒業 |
日本医科大学精神医学教室(研修医・医員) | |
2004年 | 日本医科大学大学院精神・行動医学分野(大学院生) |
2008年 | 放射線医学総合研究所分子イメージング研究センター(博士研究員) |
2010年 | 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課(心の健康づくり対策官) |
2012年 | 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所成人精神保健研究部(認知機能研究室長) |
2014年 | Karolinska Institute, Department of Clinical Neuroscience (Assistant Professor) |
2019年 | 日本医科大学大学院精神・行動医学分野(准教授) |
2021年 | 日本医科大学大学院薬理学分野(大学院教授) |