疾病のメカニズムを解明する基礎医学的側面と、組織病理診断を中心とする臨床医学的側面という2つの面を持つのが病理学です。統御機構診断病理学教室ではこの両者についてバランスよく取り組みつつ、日本における新しい病理医像の実現を目指しています。
医学の専門学科目は通常、基礎医学と臨床医学に大別されますが、病理学はその両者に等しく、かつ深く関わる科目であることが大きな特徴です。一方で「黒子」「縁の下の力持ち」と言われることが多いように、なかなか脚光を浴びる機会が少ないのも事実です。笑い話ですが、専門科を問われて「病理です」答えたところ「料理ですか」と返されて苦笑したこともありました。
学是を「克己殉公」とする日本医科大学においては、病理学を専攻とする私たちも「我が身を捨てて、広く人々のために尽くす」ことを使命として自覚しています。基礎医学の研究でありつつもその成果は長期的には必ず患者様に還元されることを信じており、患者様1人ひとりの生命を救うことにつながるとの信念を抱いています。
こうした思いの象徴とも言えるのが臨床科の一つとして新たに制定された「病理診断科」です。基礎研究の合間に診断するのではなく、他科の先生方と同じように、病院という臨床現場に根を張り、医療としての病理診断を行っています。また、日本で初めて当院に開設された「病理外来」では、患者様が治療を受ける上でご自分の病理診断が下された標本について説明を受けたい場合や、疑問点がある場合などのセカンドオピニオンをお受けしています。その結果患者様はご自身の病態について十分に納得された上で治療に臨むことができるわけです。同時に通常は患者様に接する機会のない病理医が直接患者様と対峙できるという点でも、非常に意義深い試みであると考えています。
こうした取り組みに象徴されるように統御機構診断病理学教室では、「顔の見える病理医」の育成を目指しています。患者様だけでなく各臨床科の医師との十分なコミュニケーションを通じた連携のもと、臨床においても確かな存在感を発揮する、そんな人材を育てたいと考えています。
私は病理学教室で学位を取得後、渡米して2005年から米国の大学で米国病理専門医を取得し、診断、教育、研究に従事しました。その後、日本医科大学に復職したわけですが、約10年間の米国滞在経験を通じて感じたことが、米国における病理医の専門性の高さでした。これは日米における病理医の絶対数の差にもよるのですが、日本では1人の病理医があらゆる領域をカバーせざるを得ないのに対し、米国では例えば消化器病理専門、婦人科病理専門といった具合に明確に担当する領域が定められています。いわばオールラウンドプレイヤーであることを求められるのが日本であるのに対し、スペシャリスト、エキスパートとして腕を振るっているのが米国と言えるでしょう。
あらゆる領域をカバーする病理であるということは、日進月歩で進化する医学的見地について、幅広い領域でアップデートし続ける必要があるということです。そのため常に学び続け、自分自身を成長させていく姿勢が必須となります。加えて当然のことながら10人のがん患者様がいれば10通りの症状があるため、そのすべてに的確な判断を下すにはがんの本質的なメカニズムを理解しておかなくてはなりません。こうした「広くて深い」学びを求められることが、病理学の醍醐味と言えます。
私自身は腎臓病、甲状腺癌を専門として研究を続けており、日本においても米国のように専門領域に専念できる環境をつくっていきたいと考えています。それは一朝一夕には難しいでしょうが、この志を若い皆さんに受け継いでいただくことが願いです。日本では病理医の高齢化が課題となっている側面もあり、若い人材が早くから活躍できる環境もあります。
なお病理は緊急性が少なく当直もないため、充実したワークライフバランスを実現しやすいことも魅力の一つです。子育てや介護と両立しながら仕事を続けやすいため、女性が長く働ける職業ではないでしょうか。社会的にリモートワークが普及した今、病理医も顕微鏡さえあれば自宅での勤務も可能です。そんな新しいワークスタイルを目指してみるのもいいかもしれません。
日本医科大学付属病院病理診断科 部長
1992年 | 日本医科大学卒業 |
2005年 | ワシントン大学医学部(セントルイス) 病理科レジデント |
2008年 | ワシントン大学医学部(シアトル) 病理科クリニカルフェロー |
2009年 | ワイル・コーネル医科大学 病理科アシスタントプロフェッサー |
2011年 | 日本医科大学付属病院病理診断科 臨床准教授 |
2018年 | 日本医科大学武蔵小杉病院病理診断科 部長・准教授 |
2020年 | 日本医科大学統御機構診断病理学 大学院教授 |