遺伝子解析技術が進んだことで、かつては原因不明とされてきた難病の責任遺伝子が次々と明らかになってきており、その遺伝子を標的にした根本的治療法の研究も進んでいます。生化学・分子生物学(分子遺伝学)では、遺伝子診断、遺伝子治療、細胞治療の3チームが最新の遺伝子治療研究に挑んでいます。
“遺伝”と聞くと日本人は遺伝病を連想して暗いイメージを浮かべがちですが、医学の世界では生物の進化の多様性を示すものです。遺伝と疾患の関わりや、遺伝子治療技術について研究するのが分子遺伝医学です。
われわれ誰もが持っているゲノム配列の一部には個人差(多様性)があります。配列の個人差により病気のなり易さや、薬の効き方・副作用の出現が違ってきます。遺伝子を調べることでその人に最も効率よく効く薬というものがわかるようになってきました。診断だけでなく治療においても遺伝子を操作する遺伝子治療が現実のものになっており、劣性遺伝病の患者様に対し正しい配列の遺伝子を薬として投与する際にウィルスの感染機構をベクターとして利用します。当研究室ではそのウィルスベクターを製造する研究を行っており、具体的には、安全性が高く神経筋組織における長期発現が可能なベクターとして期待されているアデノ随伴ウィルス(AAV)ベクターの本格的実用化を目指しています。この「体内法」に対して、患者様もしくは他人の細胞を利用して遺伝子投与を行う「体外法」については、歯の幹細胞を利用した研究を行っています。歯の幹細胞は矯正で不要となった歯が利用できます。増殖させやすく、さらに炎症を起こしにくいという特徴があり、脳梗塞の後遺症を抑える実験で成果を上げ、治験の準備も進んでいます。この細胞を用いたアプローチは、将来的には、根本的治療法がないとされるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療にも有効であると考えています。
さらに、幹細胞が炎症部分に集まる性質を持ち、がん細胞を攻撃、追跡することを利用して、細胞性医薬品としての可能性も追求しています。
このように当研究室では遺伝子細胞治療に関する基盤技術の開発を中心に、遺伝子診断、遺伝子治療、細胞治療の3つのチームが、再生医療の高度化に向けた個別化ゲノム医療の包括的トランスレーショナルリサーチを目指しています。個別化とは“個人対応”にとどまらず、さらに一歩進んだ遺伝子レベルでの最適な治療という意味を持っています。
当研究室での醍醐味の一つは、モノづくりの面白さでしょう。例えばウィルスベクターの研究では、高い純度のベクターを製造するという困難な課題に挑み、大量生産技術の開発に取り組んでいます。また、筋ジストロフィーや脳梗塞、がんといった難治性疾患の患者様の治療に貢献できるという本質的な喜びも大きいものがあります。目の前で苦しんでいる患者様のために力を尽くしたいという思いは、研究を続けていく上での大きな力となっています。
これから医学の道を志す皆さんは、探究心を忘れずに様々なことに興味を持ち、研究者としてのバックグラウンドとなる基礎知識をしっかり身につけて欲しいと思います。今はネットで簡単に調べることができる時代となりましたが、だからこそ自分自身の体験を通じて学ぶことを大切にしてください。中でも分子生物学と英語については、将来、どの科に進むことになろうとも必ず活きてくるでしょう。特に英語は、いくら勉強してもやり過ぎということはないと思います。
研究を続けていくと、時に壁にぶつかり、困難な状況に陥るものです。そのときも諦めることなく挑み続ければ、必ず誰かが見てくれていて、手を差し伸べてくれるものです。志を忘れることなく、努力を続けることの大切さを知っていただきたいと思います。
日本医科大学 大学院医学研究科 分子遺伝医学分野 大学院教授
1991年 | 金沢大学 医学部 卒業 |
1991年 | 金沢大学 大学院医学研究科 脳神経外科入局 |
1995年 | 金沢大学 大学院医学研究科修了(医学博士) |
1996年 | 米国NIH(NHGRI) visiting fellow |
1998年 | 公立能登総合病院 脳神経外科 医師、医長 |
2000年 | 自治医大 分子病態治療研究センター 遺伝子治療研究部 助手 |
2004年 | 同 講師 |
2007年 | 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 室長 |
2014年 | 日本医科大学 生化学・分子生物学(分子遺伝学) 教授 |