体中にくまなく張り巡らされている血管は、その機能が破綻することで老化が進み、病気も発症すると考えられています。分子細胞構造学分野では血管の機能解明を通じて疾患の予防や治療法開発につなげていくための研究に取り組んでいます。ヒトに近いモデル動物として注目されるゼブラフィッシュも、この研究に一役買っています。
私たちの全身に張り巡らされている血管は、総延長で約10万km、およそ地球2周半にも達する長さとされています。人が健康で長生きをする上で血管は非常に重要な役割を果たしています。
人間の体はおよそ37兆個とも言われる細胞の集合体ですが、血管はそのすべての細胞に酸素や栄養を供給し、老廃物や二酸化炭素を回収する役割を果たしています。また、人間の体のすべての臓器を結んでネットワークを構築し、ホルモンなどを輸送することで各臓器が勝手に暴走しないように管理しています。例えば食物を摂取してグルコースが上昇すると、膵臓にインスリンを分泌するように血管を通って指示が発せられ、血糖値が下がります。このメカニズムも、血管をネットワークとして多臓器がコミュニケーションしているから可能です。さらには、感染症にかかったときに人が免疫力を発揮するのも、血管を通じて免疫細胞が運ばれるためです。
これらは私たちが健康に生きていく上でプラスとなる側面ですが、反対にマイナスの側面もあります。
例えば、がんです。最初にがんが発生した原発巣からがん細胞が他の臓器に転移する際、血管を通ることがあります。
このように血管は私たちの健康や疾患の発症に密接に関連しています。当研究室ではこうした血管の働きや、機能の破綻がいかにして病気を引き起こしているのかという疑問を分子レベ ルで解明することに取り組んでいます。それによって血管に関わる疾患の予防や治療法の開発に貢献することを目指しています。
私たちの研究室では、ゼブラフィッシュの蛍光生体イメージング技術を活用した研究を行っています。ゼブラフィッシュはヒトと臓器の構造などが類似しており、胚が透明であるため生きたまま体内の生命現象を観察できるという特徴があります。研究室では分子活性や細胞機能を可視化する蛍光タンパク質を発現するゼブラフィッシュを使い、血管新生の様子をライブ映像で観察しています。
既存の血管から新たな血管網が構築される血管新生を観察することで、例えば有用な血管新生のメカニズムの解明を通じて血管再生医療につながる道を開いたり、逆に病的な血管新生の解明を通じて糖尿病による網膜剥離を防ぐ治療法につながる道を開いたり、といった可能性が広がっていきます。さらには臓器によって異なる血管機能を分子レベルで明らかにすることで、再生医療の発展にも貢献できると考えています。
血管について分子レベルで解き明かしていくような基礎医学研究は、長期的な展望のもとで進められています。医療の将来を見据え、日々地道な取り組みを続けていくことこそ、医学における基礎研究の使命ではないかと考えています。
そして、その最大のモチベーションとなっているのは、未知のものを解き明かしたいというサイエンス上の知的好奇心に尽きます。ゼブラフィッシュの生体内で起きている血管新生の現象をライブ映像としてこの目で直接確認できた時の知的興奮は、まさにサイエンスに携わる者だからこそ得られる醍醐味だと言えるでしょう。
日本医科大学 先端医学研究所 分子細胞構造学分野 / 病態解析学部門 大学院教授
1992年 | 筑波大学第二学群農林学類卒業 |
1994年 | 筑波大学大学院修士課程医科学研究科修了 |
1997年 | 筑波大学大学院博士課程農学研究科修了 |
1996年 | 日本学術振興会・特別研究員 |
1997年 | 米国国立衛生研究所(NIH)・客員特別研究員 |
2000年 | 熊本大学 発生医学研究センター・助手 |
2003年 | 国立循環器病センター研究所 循環器形態部・室員 |
2005年 | 国立循環器病センター研究所 循環器形態部・室長 |
2010年 | 国立循環器病研究センター研究所 細胞生物学部・室長 |
2016年 | 日本医科大学 先端医学研究所 分子細胞構造学分野 大学院教授 |