メカノバイオロジーおよびメカノセラピー

 三次元構造を有する地球上の生物は、地球の重力や大気圧、水圧をはじめとする様々な物理的な力に影響を受けて成り立っています。地球上で生命が誕生し、多細胞生物が生まれ増殖する際にも、物理的刺激をはじめとした環境が大きな影響を与えたと考えられています。
 われわれヒトの体は、骨格を形成する骨や軟骨、筋肉などは体重を支えて成長し、それに伴って体表面の皮膚は伸展します。日々、心臓は鼓動し、血液は血管を流れ、肺は呼吸で動きます。日常の動作によっても絶えず皮膚をはじめとする体の各部位は伸展・収縮を繰り返し、物理的刺激を受けています。この物理的刺激があるからこそ、体の各場所の臓器・組織や細胞が今の形態・機能を維持していると言っても過言ではありません。
 これらの現象を細胞レベルで見ると、細胞自体も物理的な力を受けて形態学的に変化したり、細胞内外での物質の移動が生じています。これによって細胞の遺伝子発現が調節され、さまざまな役割を担っていることがわかってきました。これを解析する研究分野が、メカノバイオロジー(Mechanobiology)です。物理生物学や細胞力学、機械生物学といった日本語を使うこともあります。メカノバイオロジーを研究することによって、特にケロイドをはじめとする種々の皮膚疾患が解明できる可能性がわかってきました。また病気の解明だけでなく、傷を治したり傷跡を綺麗にしたり(創傷治癒の促進および瘢痕治療)、幹細胞を用いて三次元形態の組織を再生したり(三次元組織再生・再生医療)、さらには爪や毛髪の再生を行い、美容医療や抗加齢医療への応用も研究しています。
 メカノバイオロジーの知識や研究結果を元に、それを臨床に応用することを、「メカノセラピー(Mechanotherapy)」といいます。「メカノセラピー」とは、物理的刺激を臓器・組織はもとより、あらゆる細胞や分子に与えて医療に応用することを意味しています。この新しい「メカノセラピー」を新たな医学の一分野として位置づけて医学に貢献するために日々、臨床のための基礎研究を行っています。 地球上で進化した生物にとって、物理的刺激やpHなどの環境因子は必須の刺激であったはずであり、われわれの体は、物理的刺激を含めた環境因子によって形成され、維持されていると考えることができます。宇宙飛行士が地球に帰還すると、骨や軟骨が吸収されて歩けなくなることが良い例と思います。 これからメカノバイオロジーやメカノセラピーがますます注目される時代が訪れます。

瘢痕・肥厚性瘢痕・ケロイド・瘢痕拘縮の成因と治療に関する研究

 傷あとは、やけどやけがをはじめ、あらゆる外科手術で問題となります。どのようにすれば傷あとが目立たなくなるかを、分子レベル・細胞レベル・組織レベルで研究しています。特に、最近のわれわれの研究から、瘢痕・肥厚性瘢痕・ケロイド・瘢痕拘縮の発症機序に、物理的刺激が関与していることがわかってきました。傷あとが日常動作で引っ張られたり動いたりすると、炎症が生じ、目立つ傷あとになるのです。そこで治療では傷あとから、いかに物理的刺激を取り除くか、炎症を制御するか、ということを実践しながら、最適な治療法の開発を行っています。これもメカノセラピーの1つと言えます。