乳がんの治療~手術や化学療法など~
はじめに
乳がんの治療には標準治療という、治療計画を練る時点で最善であると科学的に証明されている(エビデンスのある)治療法があります。当院では基本的には標準治療に則って治療計画をたてています。乳がんの治療の種類は、大きく分けると局所の治療(手術療法、放射線療法)、全身の治療(薬物療法)、緩和ケアがあります。これらの中から個々の患者さんに適切な治療を組み合わせて決めていきます。
乳がんの局所治療
●手術療法
標準治療において、乳がんのステージI~IIIの患者さんが根治を目指すためには、手術を省略することができません。乳房の手術をすることにより、手術後の傷や乳房の形がどのようになるのか、不安になる方も多いと思います。
当院で乳房部分切除術をする場合、切除した部位が凹まないよう、なだらかになるように可能な限り整えます。また、ワキのリンパ節の手術も同じ傷を用いて行うため、下着に隠れる傷が1本のみとなります(なお、しこりが皮膚にくっついているなど、しこりの上の皮膚をとらなければ癌細胞を取り除くことができない場合は傷の数が増えることもあります)。
乳房切除術(皮膚温存乳房切除術、乳頭温存乳房切除術)を行う場合、ご希望に応じて形成外科による再建を行うことが可能です。
●乳房再建(詳しくは「乳房再建の説明」へ)
再建法には人工物と自家組織があります。
乳がんの手術を行うのと同時にエキスパンダーという皮膚を伸ばす人工物を入れることができます。手術のあと、急に皮膚を伸ばすと妊娠線のようなものができてしまうので、少しずつエキスパンダーに生理食塩水を注入して膨らませて皮膚を伸ばしていきます。十分に皮膚が伸びたところで、シリコンでできたインプラント(人工物)、または自家組織再建を行います。
●放射線療法
放射線をあびることで、がん細胞はダメージをうけます。 乳房部分切除術後の残存乳房には放射線療法を行うことが標準治療となっています。 また、進行状況に応じて乳房切除術後の手術部位(胸壁)、乳房の領域リンパ節にも放射線療法を行います。局所再発や骨転移、脳転移にも放射線療法は有効です。
乳がんの全身治療と緩和ケア
乳がんのサブタイプ、進行度(ステージ)に応じて、効果が期待される治療を行います。また患者さんの状態、価値観、生活の状況によって、最善の治療はそれぞれ異なることがあります。
当院では乳腺グループ(乳腺外科、腫瘍内科、放射線科、病理診断科、形成外科、看護師、薬剤師、放射線技師)のカンファレンスで、患者さんに最も適した治療は何か、次の選択肢は、など一人一人について話し合って決めています。その方針についてお伝えし、更にご本人の希望を伺いながら、乳がんの治療をサポートしてまいります。
●乳がんのサブタイプと治療
乳がんの中には比較的おとなしいものから、急に大きくなるようなものまであり、さまざまな性質をもっています。この性質を大きく4つ(①~④)に分けたものがサブタイプです。
乳がんのサブタイプを把握するため、組織診や手術で得られた標本に特殊な染色(免疫染色)を行います。サブタイプを決める指標となっているのがホルモン受容体とHER2(ハーツー)タンパクです。
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- 女性ホルモンをエサとして大きくなるタイプ(ホルモン受容体陽性)とエサにしないタイプ(ホルモン受容体陰性)に分けます。
- HER2とは「ヒト表皮成長因子受容体2型」のことで、がん細胞の表面にあるHER2タンパクが正常よりも多いタイプ(HER2陽性)と多くないタイプ(HER2陰性)があります。
①ホルモン受容体陽性 HER2陰性(Luminal type:ルミナールタイプ)
乳がん患者さんの約7割がこのタイプです。このタイプの中にも比較的おとなしいもの(ルミナールA)と、そうでないもの(ルミナールB)があり、がん細胞の増殖能(Ki67 index)などをもとに総合的に判断します。
このタイプの乳がんには、がん細胞にエサ(女性ホルモン)をあげないようにする薬(ホルモン療法)を使います。また乳がんの進行状況に応じて、化学療法(抗がん剤)も行います。
②ホルモン受容体陰性 HER2陽性(HER2 タイプ)
HER2タンパクを持っているがん細胞を攻撃する分子標的薬(抗HER2薬)を投与します。 もともと抗HER2薬ができる前までは、化学療法で治療されており、化学療法に抗HER2薬を追加することで治療効果が証明されています。したがって化学療法と抗HER2薬の投与を行います。
③ホルモン受容体陽性 HER2陽性(Luminal-HER2タイプ)
ホルモン受容体もHER2も陽性のタイプです。ホルモン療法、抗HER2薬、化学療法の効果が期待できます。
④ホルモン受容体陰性 HER2陰性(トリプルネガティブタイプ)
ホルモン受容体にはエストロゲンホルモン受容体、プロゲステロン受容体の2種類があり、HER2と合わせて三つとも陰性なのがこのタイプです。ホルモン療法も抗HER2薬も効果が期待できないため、化学療法による治療がメインとなります。
●緩和ケア
緩和ケアは、終末期だけのものと誤解されがちですが、がんと診断されたときから、少しでも不安を和らげ、安定した状態で治療と向き合えるようにすることも緩和ケアの一つです。
乳がんの診断や再発、転移の診断を受け、落ち込んだり、今後の生活への不安な気持ちを遠慮なく担当医や看護師に伝えてください。必要に応じて乳がん看護認定看護師による相談やがん支援センター、医療福祉室などで、受けられるサポートがあります。
また、治療に伴う痛みや、薬物療法による副作用のつらい症状などを和らげることも、患者さんの生活を支える上で重要なことの一つです。
ぜひ、乳がんと向き合いながら生じるさまざまな悩みについて、一人で我慢したり抱え込まずに相談してください。よりよい治療、よりよい生活を送っていただくことができるよう、サポートしてまいります。