大動脈手術
心臓から出る全身に血液を運ぶ太い血管のことを大動脈といいます。大動脈は心臓からでて上に向かい(この部分を上行大動脈といいます)、頭部と両手に行く血管を出すとすぐに弓のようにU-ターンして(この弓状の部分を弓部大動脈といいます)上半身・下半身に向かいます。上半身で横隔膜までの部分を下行大動脈といい、横隔膜より下を腹部大動脈と呼びます。
外科治療の対象となる大動脈疾患は、おもに大動脈瘤と大動脈解離に分かれます。
1.大動脈瘤
大動脈が膨らんで拡張してくる病気を大動脈瘤といいます。大動脈瘤の部位により分類され、横隔膜より上にあるものを“胸部大動脈瘤”、下にあるものを“腹部大動脈瘤”、両方に亘るものを“胸腹部大動脈瘤”といいます。また、大動脈瘤の形態によっても分類され、全体的に拡張したものを“紡錘状大動脈瘤”、一部が突出したものを“嚢状大動脈瘤”といいます。
いずれの大動脈瘤においても症状がないことがほとんどで、検診などで偶然発見されることも多くあります。胸部大動脈瘤の場合、瘤が神経を圧迫することにより嗄声(声がかすれる状態)を起こすこともあります。しかしながら、いったん破裂すると症状は重篤で、激しい痛みとともにショック状態となり、たとえ病院に運ばれて緊急手術をうけても救命することは困難なことが多いのが現状です。大動脈瘤が大きくなると、破裂の危険性が高くなることが知られており、そのため一定の大きさになったものは手術が必要になります。紡錘状大動脈瘤の場合、胸部では50~60mmが目安であり、腹部では45~50mmが目安となっております。嚢状大動脈瘤の場合、小さくても拡大傾向があれば手術適応となります。
手術の目的は、いずれの大動脈瘤においても破裂の予防をすることです。術式は、大動脈瘤を人工血管で置き換えるのがメインの手技です。一般的に“腹部大動脈瘤”は補助循環装置(人工心肺)を必要としませんが、“胸部大動脈瘤”と“胸腹部大動脈瘤”は人工心肺を必要とし手術の危険性も高くなります。(図2)
近年、胸部または腹部の皮膚切開を必要としない“ステントグラフト”を用いる治療も開発されています。当施設においても、放射線科と連携してステントグラフトを用いた治療を積極的に施行しております。また、手術中にステントグラフトを使用する“オープンステントグラフト”、分枝血管へのバイパス手術とステントグラフトを組み合わせた“ハイブリッドステントグラフト”などにも積極的に取り組んでおります。
2.急性大動脈解離
大動脈の壁は、内膜、中膜、外膜と三層構造になっています。急性大動脈解離とは、大動脈の内側の膜(内膜)に亀裂が入り、本来の血管の内腔とは別の通り道(これを偽腔といいます)ができてしまうことによりさまざまな合併症を来す非常に重篤な疾患です。(図3)
急激な胸痛、背部痛で発症するのが一般的です。心臓の近くまで大動脈が裂けた場合、“心タンポナーデ”といって心臓が動きづらくなりショック状態となることがあります。また大動脈が裂けたことにより臓器の血流障害を来し、急性心筋梗塞、脳梗塞、下半身麻痺、腸管虚血による腹痛、腎不全、下肢虚血による下肢痛など多彩な症状を来します。(図4)
急性大動脈解離は、大きく二種類に分類されます。心臓の近くの大動脈(上行大動脈といいます)が裂けているものを“A型”、それ以外の大動脈が裂けているものを“B型”といいます。(図5)
“A型大動脈解離”は、内科治療の成績が悪いことが知られており緊急手術が必要となります。一方、“B型大動脈解離”は原則的に内科的治療(血圧管理)を行います。B型大動脈解離においても、臓器の血流障害による合併症を来している場合には緊急手術の適応となります。急性期に手術が行われなかった場合でも、解離した大動脈が拡張してきた場合は、慢性期において手術が必要になることもあります。
手術は、大動脈瘤と同様に人工血管で置き換える手術を行います。手術の目的は、心タンポナーデを予防することと、他臓器の血流障害を予防し改善すること、破裂を予防することなので、解離している血管をすべて人工血管で置き換える必要はありません。“A型大動脈解離”に対しては、一般的に“上行大動脈置換術”または“上行弓部大動脈置換術”が行われます(スライド4)。急性大動脈解離に対しては、原則的にステントグラフトの適応はありません。当院においては、集中治療室、高度救急救命センターと連携して24時間体制で急性大動脈解離の緊急手術に対応しております。
図(3)
図(4)
図(5)
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